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空気のお菓子

空気のお菓子

土谷未央(菓子作家)

菓子作家、土谷未央の妄想と偏愛と願望が一冊になりました。マシュマロ、メレンゲ、シフォンケーキ、綿菓子、ポップコーン、生クリーム。空気をたっぷりと抱き込んだフワフワでスカスカな空気のお菓子8種を「見立て」「物語」「レシピ」の三種盛りでご紹介します。土谷未央さん曰く「空気はおいしい」。この本は、おそらく世界ではじめて「空気」をレシピの材料にいれた本です。

本の情報

書名
空気のお菓子
著者
土谷未央
企画構成
櫛田 理
編集
乙部恵磨
制作
株式会社EDITHON
写真
本多康司
モデル
玉澤幸子
デザイン
藤井瑶
造本設計
田中義久
取次
FRAGILE BOOKS
販売協力
無印良品 MUJI BOOKS
印刷製本
図書印刷株式会社
ISBN
978-4-910462-14-1
定価
1980円(本体1800円+税)
刊行日
2023年1月1日 初版2500部
発行元
図書印刷株式会社 BON BOOK

土谷未央

インタビュー
土谷未央さんに聞きました

そもそも「空気のお菓子」という発想について

この本で紹介しているお菓子たちは、以前から「空気のお菓子」と勝手に名づけて愛着をもっていました。自分ではずっといいアイデアだと思っていましたが、なかなか実現しなかったんです。このコンセプトをどうやって膨らませたらよいか、その先が見えない感じでした。

それが、本になりました。

正直、このゴールは見えていませんでした。思っていたよりちゃんとした本になった、という印象です。もっと絵本的なたくさんのイメージが羅列する、不思議で教育的でもあるなにかを作る、という最初のイメージから離れて、自分が想定していなかった形になったことは嬉しいです。

これまでの本との違いは?

いろいろ違う点はありますが、とくにエッセイの文体や本としてかたちにするアプローチがこれまでと大きく違うと思います。例えば、先日、私を知る友人から「これまでのエッセイは男性的な印象だったけど、今回の本は女性的な柔らかさを感じられて良かった」と言われました。私としては、男性的に書いてきたつもりはないのですが、なるべく説明的なことは排除しようとしてきたことが、女性的な部分を削ぎ取っていたのかもしれません。

ふり返ると、いろいろありましたね。

お菓子づくりも執筆も、アイデアをカタチにする作業は一人でやるので、だれかと一緒に何かをつくる機会は多くはありません。連載なんかでも、コンセプトとコンテンツが決まったら、校正は入るけれど、形にするところはお任せというお仕事が多いです。今回は編集の櫛田さんや乙部さんと何度も構成のやり取りをして、エッセイも何パターンも書いたりしながら、これまでとは違った向き合い方で本をつくれて、大変でしたけど、新しく前に進めた気がします。デザイナーの藤井さんやカメラマンの本多さんも含めて、みんなで一緒に作った!って感じがしました。

土谷さんのお気に入りのページは?

全体の構成で、最初と最後に、Before(空気を含んだ状態)とAfter(潰して空気を失った状態)の物撮写真を入れられたのが良かったと思います。表紙には雲なのか綿なのか一瞬判然としない、曖昧なすがたの綿菓子の写真、そして次の扉ページ(1ページ目)には、潰れた綿菓子の写真。ここだけでは気がつかない人も、あとがきの最後に出てくるシフォンケーキのBefore Afterの写真を見てあれ?そういえばって気がついてくれるかなと。あとがきには、本編には入れられなかった、この本の核となる部分について書いたのですが、結果、その内容とシフォンケーキのBefore Afterの写真がリンクして、良い効果を生んでくれています。

では、好きな「空気のお菓子」はどれですか?

この本に登場する8種類のなかでは、綿菓子、かな。夏に撮影したので湿度が高くて撮影はほんとうに大変でしたが、表紙の曖昧な感じも好きですし、布団の中に綿菓子をつめこんだシーンも本多さんがきれいな写真にしてくれました。綿菓子は、エッセイでも大好きな映画「ペーパー・ムーン」について書けたので、それも良かったです。反対に、心残りなのは、空気のお菓子代表選手(勝手な番付です)、アイスクリームを入れられなかったことです。アイスクリームは子供の頃から大好きで、アイスクリームほど空気との関係性が重要なお菓子もほかに見当たらないです。本当は今回も入れたかったのですが、くらしのシーンにアイスクリームが見立てられず、断念しました。今回紹介した8種類以外にも、空気のお菓子はたくさんあります、本から飛び出して「空気のお菓子屋さん」をリアルで開くのも面白いかもしれませんね。そのときは、アイスクリームを提供できたらいいな、と思います。

Before Afterショットの撮影は本多さんお手製の白い幕の中で。
ポップコーンの枕の撮影を見守る土谷さんとデザイナーの藤井さん。

ところで「麩菓子の角クッション」は衝撃的でした。

麩菓子は、この本をきっかけに私の「空気のお菓子」に仲間入りした新参者です。空気のお菓子はたくさんありますが、そのお菓子からくらしのシーンを連想させるというのは、なかなか難しくて。この本で紹介するためのアイデアを探していたら、家の角という角に貼ってある角クッションが目についたんです。普通、家の中にはそんなに角クッションなんて無いかもしれないのですが、私がよくぶつけて怪我をするので、角という角にクッションが貼ってあります。

本多さん1番のお気に入り写真はこの麩菓子の角クッション。実は、表紙の候補にも挙がりました。
土谷さん宅の階段の様子。土谷さんの怪我防止用に取り付けられたのだそう。

お菓子が暮らしに溶けこんでいます。

空気のお菓子に限らず、見立ては私がこれまで取り組んできたテーマのひとつなんです。2012年にcineca を立ち上げてから、見立ての菓子表現を続けてきました。2022年の春にスタートしたばかりの、一年に一度だけひらく店「あわいもん」でも、見立てはコンセプトの核としてあります。日本のお菓子は、唐菓子や南蛮菓子を真似ながら作られ、和菓子や洋菓子として日本独自の菓子文化となりました。それには、日本人が得意とする「〜らしい」「〜ぽい」のような見立ての表現手法が大きく作用しています。そのような、対象の一歩手前で留め対象へとせまる手法によって生まれる間(あわい)は、見立てと切っても切れない関係にあります。

都内とは思えない、隠れ家のような緑に囲まれた「あわいもん」のお店

ここを読んで欲しい、っていうところは?

レシピの一言メモかな。物理的な分量といった情報は、いまの時代検索すればすぐ出てくるので、制作過程のメモや、理科の教科書のように、これさえわかれば大丈夫、ここがわかっていないとおいしいお菓子が作れない、というポイントを書きました。お菓子全体の話になりますが、お菓子はとても科学的なもので、科学が存在するからおいしいお菓子が作れるとも言えるんです。科学技術の発展は、人の生活と地続きになっていて、もちろんお菓子とも切り離せない。レシピ本は世の中にたくさんあるし、小難しいことも多いから。自分への確認作業もかねて、ここは忘れちゃいけない、という原理や注意事項を載せています。

空気とお菓子のおいしい関係

どんな空気か、これが実はすごくたいせつなことなんです。もしかしたら本のタイトルも「日本の空気のお菓子」にしても良かったくらいに。例えばフランスで、メレンゲはむき出しで店先に並べられています。日本ではあり得ません、袋などの密閉できるいれ物に丁寧に詰められて、販売されます。なぜなら湿度が高すぎてすぐベトベトになってしまうから。温度や湿度、それらに影響する標高や気候の違いでお菓子のレシピや完成までの時間も変わります。なので、それぞれの地域によっておいしいレシピは違うはず。食べ方も飾り方も違うでしょう。熱くて湿度の高い国では、そもそも綿菓子なんて作れないかもしれません。「空気」は、美味しさ以前に、お菓子の存在自体に大きく影響しているのが面白いですね。

本の構成上納めることができなかった、空気のお菓子8種類のBefore Afterの写真。
私たちが食べていたのは空気だったことを語るよう。

今回の本づくり、いかがでしたか?

お菓子と本は対極にありますが、そのふたつをひとつにする本づくりは、精神的にとてもバランスがよいことでした。お菓子は短命で、売れなかったらすぐに捨てられてしまう、死んでしまうんです。作り手としては厄介で愛おしい子供のような存在です。お菓子を作っているときは緊張を抱えた興奮状態で、スポーツをしている時に近い状態。それに対して、本にはゆったりとした時間を感じます。生じゃないから死ぬことはないし。だからじっくり静かに向き合える。お菓子の本を作ることは、本の中にお菓子を収めていく感覚なので、お菓子を作るときの張り詰めている感情と、本のためのお菓子をつくる安らかな感情が交差して、絶妙に、精神的に満たされる気がしました。

刊行記念の「マシュマロの発泡材」限定発売について

せっかくの機会だから、何か本の中に出てくるもので、食べられるお菓子を作りたいと思っていました。本と一緒に届けられるように、小さな段ボールにマシュマロを詰め込んで、マシュマロの発泡材にしました、まず第一弾として。マシュマロのように手の汚れないお菓子は特に、読書のお共にぴったりですし、一緒にご案内することが出来てよかったです。

刊行記念に作ったマシュマロの発泡材。FRAGILE BOOKSで数量限定にて販売中です。

この本を作った人たち

写真 / Photographer:
本多康司 / Koji Honda
1979年愛知県生まれ、兵庫県育ち。長野博文氏、泊昭雄氏に師事後、2009年独立。主な作品集に『suomi』『madori』『Trans-Siberian Railway』。https://honda-koji.com Instagram @honda_uta

デザイン / Designer:
藤井 瑶 / Haruka Fujii
ブックデザインを中心に、展覧会のポスターや空間グラフィックなどを手がける。最近の仕事に「IMAGINARIUM」展の広告と図録(junaida著、ブルーシープ)。2015年よりコズフィッシュ在籍。2023年春に向けて独立準備中。

編集 / Editor:
乙部恵磨 / Ema Otobe
1985年北海道生まれ、北京育ち。2015年からEDITHONに参加。国内外の書店プロデュースから翻訳出版まで、さまざまな本にかかわるブックディレクター。BONBOOKでは水田典寿著『漂着物』や荒井良二著『絵本になる前の絵本』の編集を手がける。https://edithon.jp

企画監修 / Director:
櫛田 理 / Osamu Kushida
1979年東京生まれ。編集者。EDITHON代表。BONプロジェクト及びBONBOOK出版レーベルのディレクター。2022年、ブックアートギャラリー「FRAGILE BOOKS」( https://www.fragile-books.com )を設立。Instagram @fragile_books

著者プロフィール

土谷未央

つちや・みお 菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学卒業。グラフィックデザインの仕事に関わったのちに都内製菓学校で製菓を学ぶ。2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。製菓において、日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法をオリジナルのものとする。2017年頃からは企画や菓子監修、アートワーク制作・執筆業なども手がける。最近の仕事に、東京国立近代美術館『ピーター・ドイグ展』(2020)オリジナル菓子監修・制作、LUMINE 全館クリスマスフェア 2019『POWER CAKES』菓子監修など。2022年春には、間が表象する造形に焦点をあてた「あわいもん」を立ち上げ、店主として製菓と店づくりを行う。