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Paper Cats

Paper Cats

服部一成(グラフィックデザイナー)

雑誌「流行通信」やロックバンド「くるり」のアートディレクションなど、あたらしいのに懐かしく、やさしいのに鋭い、独特のデザインを手がける服部一成さん。この本には、服部さんが即興でかたちを切り抜き、写真を撮って構成した23匹の「かみのねこ」が登場します。

本の情報

書名
Paper Cats
著者
服部一成
企画編集
櫛田 理
制作
株式会社EDITHON
デザイン
服部一成
造本設計
田中義久
販売協力
無印良品 MUJIBOOKS
印刷製本
図書印刷株式会社
ISBN
978-4-910462-05-9
定価
1980円(本体1800円+税)
刊行日
2021年12月1日 初版第1版発行
発行元
図書印刷株式会社 BONBOOK

服部一成

インタビュー
服部一成さんに聞きました

からだを動かすデザイン

櫛田 もともと、出版のご相談をしたときは、「月刊百科」(平凡社PR誌。2011年6月休刊)の表紙用にデザインされた42匹の猫を、一冊にしませんか?というご依頼でした。

服部 そうそう、そうでした。それはパソコンを使ってフラットな色と直線でつくった42匹の猫たちです。画面の中でデザインしていくおもしろさはもちろんあるのですが、もう10年以上前に手がけた仕事ですし、せっかくなら違う方法でやってみたいと思いました。少し前から自分の体を動かして何かできるんじゃないかと思っていたこともあり、紙とハサミで猫をつくって、写真に収めて一冊にしようと。

平凡社のPR誌「月刊百科」の表紙を飾った猫たち。

櫛田 パソコンでやるデザインではないことが重要ですね。

服部 そうです。これまでも、ハサミでザクザク切ってつくったものを、雑誌「流行通信」の誌面デザインで取り入れたりしたことがあって、そんなふうに体を動かして立体をつくって、それを取り入れるという表現方法は自分に合っているなと感じていました。二次元と三次元で構成する「紙の彫刻」といったものなのですが、僕は彫刻家ではないので立体物が最終形ではありません。あくまでも、それを写真に撮って、デザインするところが着地点です。今回の『かみのねこ』も、紙でつくった猫をアトリエの壁や床に置いて、画角やアングル、光と影など撮影の方法を実験しました。

『かみのねこ』に登場する23匹の猫。
撮影を終えたいま、箱の中で静かにしている。

カメラでグラフィックデザインする

櫛田 立体作品でも写真作品でもなく、カメラでつくるグラフィックデザインという手法が、服部さんらしいスタイルです。

服部 これまでも、広告の仕事で「写真の中でデザインする」ことは、たびたびありました。たとえば「キユーピー」の広告ではケーキを空に投げて写真に撮ったり。写真だからできる一回性を表現に取り入れるのは好きな方法なんです。デザインの仕事はゴールを設定して、設計図通りに仕上げていく、というふうには進まないことが多いものです。仮説は立てますが、手を動かしながら紆余曲折を経てたどり着くものだと、僕は考えています。だから、揺るぎない造形を形づくるよりも、「たしかにそういうことが一回起きたよね」という偶然を生かしたデザインがしたい。その点で写真は、自分ですべてをコントロールできないところにおもしろさがあります。ファインダーを覗いて自分で撮ったものなんだけど「案外違う印象に仕上がったな」ということが起こるんです。

櫛田 「偶然のデザイン」はどのように引き出しているのですか?

服部 たとえばレイアウトも、あえてバラっと散りばめたものを「あ、この瞬間がきれいだな」と生かしてみたり、マウスをパッパと適当に動かして描いた線を使ってみたり、いろいろやります。偶然が生まれやすい状況をわざと自分でつくって、それを捕まえにいく。デザインするために、そういう少し変な努力をしているんです。パソコンの作業はどうしても数値で測ったように予定どおり仕上げる作業になりがちですが、僕はそこを警戒しているんです。

「キユーピー」の広告。空に投げたケーキ。偶然を生かしたデザイン。

海外ロケで撮影したスナップ写真の手製スクラップ帖。

ハサミでつくる紙の猫

櫛田 今回「紙の猫」を即興でつくられた道具についても、おしえてください。

服部 ライトパブリシティに入社(1988年)したときに職人が使うようなかっこいいハサミを支給されたのですが、それがどうも僕には使いにくくてすぐに伊東屋に買いにいったのがこれです。一つだけ大きいのがあって、「あ、これいいな」と思って買いました。大ぶりですが、布用ではなく紙用です。僕にとっては持ち手も刃渡りもすごく使いやすい。もう30年以上使っています。紙の猫たちは、外側は全部このハサミで切りました。細かい部分もです。目はハトメで、内側だけは少しカッターを使いました。スケッチはいちおう描きましたが、下書きはせずに直接紙を切っていきました。チョキチョキ切りながら、「立体になったらどういうふうになるかな?」「ハサミと紙だからこういう感じかな?」と手でやりながら、即興でつくっていったものです。

30年来愛用しているツヴィリング・ヘンケルス(ドイツ)のハサミ。
刃渡り26センチと、かなり大きい。

『かみのねこ』に登場した猫たち。

櫛田 やっぱり、服部さんは、猫がお好きなのですか?

服部 メスの猫を飼ったことがありますが、もともと保護猫で、警戒心が強くて何年も触れないような状態でした。でも、10年ぐらい経ってから猫も変わってきて、寄ってくるようになったんです。臆病は臆病ですけど、だいぶ人に近づいてきた。とはいえ、猫にそこまでこだわりがあったわけではなく、猫が大好きというわけでもありません。ただ、モチーフとしてはやりやすかった。いろんなポーズや動きをするという点はもちろんですが、猫はちょっとわからないところがある生き物ですよね。そこがデザインしていくうえではおもしろいんです。

服部家のパリちゃん。2013年ごろ撮影。

櫛田 この本の猫たちもみんなこっちを向いていて、実際に猫と出くわしたときの緊張感みたいなものがあります。

服部 猫というモチーフは、可愛いけれどそれだけじゃない、すこし不気味というか、そういう部分をもった存在です。だからこの本では、即興でつくった紙の造形を写真で撮る方法と、猫というモチーフがうまく噛み合った気がしています。撮影に使ったのは1〜2万円ほどの手頃なデジカメですが、部屋に置いて写真に撮ってみると、フラッシュの光と影がいい効果になって、こちらの様子をうかがい見ているような、そんなニュアンスが生まれました。そこが今回やってみておもしろかったですね。紙でつくる造形は絵で描くほど自由ではないので、リアルにはならないけれど、それがかえって、猫の何を考えているのかわからない、ちょっとした怖さに通じる表現にできたかなと思っています。

聞き手:櫛田 理(本書企画編集者)

著者プロフィール

服部一成

はっとり・かずなり グラフィックデザイナー。1964年東京生まれ。1988年東京芸術大学美術学部デザイン科卒。ライトパブリシティを経てフリーランス。主な仕事に「キユーピーハーフ」「JR東日本」の広告、雑誌『流行通信』『真夜中』のアートディレクション、エルメス「petit hのオブジェたち」の会場デザイン、「三菱一号館美術館」「弘前れんが倉庫美術館」のロゴタイプ、ロックバンド「くるり」のアートワーク、『プチ・ロワイヤル仏和辞典』『仲條 NAKAJO』の装丁など。主な書籍に『服部一成グラフィックス』『服部一成(世界のグラフィックデザイン)』。毎日デザイン賞、亀倉雄策賞、ADC賞、原弘賞、東京TDCグランプリなどを受賞。