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漂着物

漂着物

水田典寿(造形作家)

それは「みまちがい」だったのか。造形作家の水田典寿さんは、海辺の流木や道端の廃材から、独自の気配をまとった造形作品や家具をつくります。初の著書となる本書は、海辺にはじまり展覧会で終わる一連のプロセスを撮り下ろし、拾った漂着物からあたらしい気配が生まれる世界を紹介する一冊です。

本の情報

書名
漂着物
著者
水田典寿
企画監修
櫛田 理
編集
乙部恵磨
制作
株式会社EDITHON
写真
高野ユリカ、岩橋 謙、水田典寿
デザイン
須山悠里
造本設計
田中義久
協力
shop & gallery poooL
山内彩子
販売協力
無印良品 MUJIBOOKS
印刷製本
図書印刷株式会社
ISBN
978-4-910462-10-3
定価
1980円(本体1800円+税)
刊行日
2022年2月1日 初版第1版発行
発行元
図書印刷株式会社 BONBOOK

水田典寿

インタビュー
水田典寿さんに聞きました

はじめての著書となりましたが、いかがでしたか。

これまでほかの方の書籍の装丁用として、作品を提供したことはありましたが、自分の本は、はじめてでした。今回のオファーを受けた理由の一つは、消費されない本だったからです。作品も同じですが、一度読んですぐ捨てられてしまうような本ではなく、買ってくれた人がずっと大切に持っておきたいと思える、その人のくらしに寄り添う存在でありたい、というBONBOOKのコンセプトに共感し、お受けしました。特に、海で流木を拾う場面は、あまり人にお見せしたことはなかったので、こうして本に残せてよかったです。ただ、執筆部分では最後まで悩みました。普段から自分の考えをかたちにすることをしていますが、自分の思いを言葉にするのは、本当に難しかったです。

近年は、富士山を望む静岡県の千本浜を訪れることが多い。
台風直後のこの日、砂浜には溢れんばかりの流木やゴミが打ち上げられていた。

表紙の作品について教えてください。

これは《夢の中で》という作品名で「死んだ鳥シリーズ」の中でも、割と初期(2016年)の作品です。自分で気に入っているもので、一度も売ったことはなくて、今後も売る予定はありません。写真をよく見ていただくとわかるかと思いますが、くちばしから首にかけて細く長いヒビが入ってるんです。これは拾ったとき、すでにもともと流木にあったヒビで、このヒビを活かした結果、とても穏やかな表情に仕上がりました。死んでいるのか眠っているのか…微笑んでいるようにも見えるみたいな、 この子はいつも、アトリエの離れにあるガラス棚の中で、静かに横たわっています。

毛羽立っているように感じる羽の先は、付け加えた椰子の繊維。
水田さんの作品は、さまざまな素材同士の出会い(組み合わせ)から生まれる。

作品づくりで特に大切なプロセスは?

素材を拾うところと、展覧会の設営です。海辺の流木拾いは、特に神経を使います。最近は静岡の千本浜に拾いに行くことが多いです。流木の漂着加減で進行方向を決めてから、一気に1〜2時間、砂浜を歩き続けて拾います。昔は良いなと思えばとりあえず拾ったりもしていましたが、最近は厳選するようにしています。かたちはもちろんですが、大きさや表面のテクスチャなども注意深く見るようにしていて、大きさはあまり小さすぎると作品になった時におもちゃのようになってしまう事もあるので、気をつけていますね。かたちだけ良いな、と思っても拾えません。展覧会の設営は、展示空間全体を自分が心地よいと感じる空気で満たす行為で、結界を張るようなイメージです。そのために、作品だけでなく什器や家具、照明なども自分で作ります。心配性なので、設営時は車の荷台にもうこれ以上積めない、というほど積んで行くのですが、最終的には展示するものよりも、持ち帰る数の方が多くなってしまうこともあります、そんなときは、さすがにギャラリーの方も驚かれますね「せっかく持って来たのに、持って帰っちゃうんですか?」って。(笑)自分にとっては、販売するために多くの作品を並べるより、展示会場の光の入り方や作品が纏う気配、空間全体の関係性こそが重要で、しかもそれらはとても微妙なバランスで保たれるものなので、譲れないです。ただし、中国など海外でどうしても現地入り出来ない場合は、設営もお願いすることにしています。

2021年10月に開催されたshop & gallery pooolでの展覧会前、
アトリエの前には、出番を待つたくさんの作品たちが並んだ。

流木以外にも貝やボールなどさまざまな素材をお見受けします。

見えたもの(頭の中のイメージ)しか作れないので、見えたら、天然の素材だけではなく、ケミカルなものでも何でも節操なく拾います。表面のテクスチャから見えてくることも多いです。例えば《婚礼の朝》の貝は、高知で拾ったのですが、拾ったときすでに寄生したフジツボが、スカートの花柄に見えていました。素材が持つ魅力を生かして、価値のないものに、新たな価値を吹き込むとでもいいますか。基本的にどの作品も色をつけたり腐食部分を補ったりと手を施しますが、やっぱり最初に漂着物を手に取った時に感じていた何かが潜んでいる様な気配、素材の力を活かせたときは嬉しいですね。手を施さなくても、ありのままの姿が美しい動物の骨や蟹の殻、貝殻など気に入ったものは、自分のコレクションとしてアトリエや自宅に飾ってあります。

アトリエの離れにある蟹のコレクションは圧巻。

いままで拾った漂着物でいちばん印象深いものは?

「国立(東京都国立市)」で拾ったイルカの頭蓋骨です。当時、国立近辺に住んでいたのですが、ある日妻から電話で「人の頭蓋骨みたいのが落ちてる」と連絡があって、自分はその時ちょうど遠出していたので、さずがに人の頭蓋骨はないと思うけど、帰りに見てみるからそのままにしておいて欲しい、と伝えて。それで、夜も更けてから、帰宅途中その場所へ寄ってみると…ありました。後頭部に二つ穴が空いていたので、頭蓋骨っぽく見えていたようですが、何となくイルカっぽいなと思いながら、恐る恐る自宅へ持ち帰り、調べた結果はやはりイルカの頭蓋骨でした。拾った場所は整備したての街路樹予定地で、よくあるブロックを敷き詰めた雰囲気のいい散歩道のような雰囲気。植樹前だったので、木を植える部分はブロックがなく、そこだけ土が見えている状態でした。未だに、なぜ国立にイルカだったのかは謎のままですが、イルカの頭蓋骨は、たいせつに自宅の部屋に飾ってあります。勝手な想像ですが、前の持ち主が手放さなければならなくなって、せめて土の上に、と考えての行動だったのではないか、というのが自分の推理です。

国立で拾ったイルカの頭蓋骨。左は穴の空いた後頭部、一見、人の頭蓋骨に見えても不思議はない不気味さ。
右の穴の空いていない方が顔面側。

水田さんにとって作品づくりとは?

日常ですね。毎日同じ時間にアトリエに来て、作業をして、毎日同じ時間に帰宅するので、特別なことではありません。ものづくりを仕事にするという事は特別な才能などが必要みたいな捉えられ方をされることもあるのですが、僕自身はそうは思いません。もちろん、自分なりのこだわりや作品のクオリティを上げていく難しさはありますが。僕自身のとにかく素材と向き合う作業のしかたは、普通に社会を回していく効率や生産性を重視する仕事からすると、非効率極まりないことをしてるんだと思います。結果や成果が見えにくい事もあるので、いまでも作品づくりは「仕事」と言うのが少し気恥ずかしい感じがします。アトリエで作業をしていて、思い通りにかたちができないときは、気持ちを切り替えるために散歩したり。長い間コーヒーを飲みながらじっと考えている事も多いですし。反対に、内装や家具の仕事は、注文されたものをきちんと作ったり納期が決まっていたりと結果や成果がわかりやすいということもあって、自分自身の中でも仕事として位置付けがしやすいです。

アトリエの離れの二階。漂着物や気に入った作家の作品など、
水田さんの大事なコレクションが詰まった宝箱のような空間。
ガラス棚も水田さんの作品。

読者へ伝えたいメッセージはありますか?

この本で、はじめて僕の事を知る人も多いと思います。流木を拾って、何かのかたちにするのは、誰でもできることだと思います。作品として販売したりするのはまた別として、行為としては誰にでもできること。自由に旅行などに出掛けるのが憚れる今日、この本が小さな窓となって、いつもと少し違う景色を感じてもらえたら嬉しいです。

著者プロフィール

水田典寿

みずた・のりひさ 造形作家。1977年東京生まれ。海岸で拾う流木や都市の廃材から作り出す独自の彫刻や家具などの作品は、国内外で高い評価を得ている。代表作は「鳥」シリーズなど動物を題材にした造形物。