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ホモ・ファーベル

ホモ・ファーベル

フィリップ・ワイズベッカー(アーティスト)

ホモ・ファーベルとは、道具を作り、それを使う人間のこと。本書はパリを拠点に活動するアーティストの一日に密着した記録です。自宅でもアトリエでも自作の家具に囲まれて過ごし、生活と創作が分かち難く結びつく日々を、たんたんと流れるドキュメンタリー映像のように仕立てました。本人の言葉は「日常を組み立てる」と題したあとがきに濃縮されています。

本の情報

書名
ホモ・ファーベル
著者
フィリップ・ワイズベッカー
企画編集
櫛田 理
制作
株式会社EDITHON
写真
宮本敏明
翻訳
貴田奈津子
デザイン
佐伯亮介
表紙生地
須藤玲子(テキスタイル監修)
造本設計
田中義久
特別協力
葛西 薫
販売協力
無印良品 MUJIBOOKS
印刷製本
図書印刷株式会社
ISBN
978-4-910462-03-5
定価
3300円(本体3000円+税)
刊行日
2022年5月1日(限定2500部)
発行元
図書印刷株式会社 BONBOOK

フィリップ・ワイズベッカー
Photo by Toshiaki Miyamoto

フィリップ・ワイズベッカー
×
葛西 薫
×
櫛田 理

本書刊行をきっかけにフィリップ・ワイズベッカー「HANDMADE」展が開催されます。(場所:ATELIER MUJI GINZA / 期間:2022年4月22日〜6月26日)。オープン前夜にはパリと銀座をオンラインで繋いで、フィリップ・ワイズベッカー、葛西薫(本書帯文寄稿 / アートディレクター)、櫛田理(本書企画・編集)の三者によるトークイベントが実現しました。

Instagramライブでトークイベントを開催。

ホモ・ファーベル。工作する人の一日。

櫛田 ついに出来上がりました『ホモ・ファーベル』。僕はもともと葛西さんがデザインされたワイズベッカーの作品集が大好きで、竹中工務店の展示(2021年開催「フィリップ・ワイズベッカーが見た日本」)では、「自分はアーティストというよりもドキュメンタリストなんだ」というワイズベッカーの言葉が印象に残っていました。そこで作品ではなく、背景やプロセス、アトリエの空気を一日に密着することで本にしたいと企画しました。貴田さん(在仏のエージェント。ワイズベッカーのマネジメントを手掛ける)にご連絡したら、「今まで生活密着型の企画はなかったから、ぜひやってみたいと本人も言っています」とお返事をいただきました。
一日のドキュメントで、チャプターが時間軸で7つに分かれています。カメラマンの宮本敏明さんが実際にワイズベッカーさんに一日密着して、この本のためにすべて撮り下ろしてくださいました。装丁はテキスタイルデザイナーの須藤玲子さんに「紗(しゃ)」の麻布を織っていただいたもので仕上げています。手の感触が本から伝わってくるような、ワイズベッカーさんらしい一冊にしたかったからです。そして帯のコメントはワイズベッカーさんと旧知の葛西薫さんに書いていただきました。

葛西 想像はしていたんですけど、驚いて驚いて。以前にフィリップさんのアトリエに伺ったことがありますが、今回この本を読んでわかったのが、一日の時間割がいかに朝早く起きて、いかに制作に夢中になっていて、いかに生活に夢中になっているかということ。とりわけ、「日常を組み立てる」というあとがきに付けられたタイトルに惹きつけられました。物を作るだけでなくて、時間を組み立てるのだと。

櫛田 今回の「HANDMADE」展の映像でも「必要に応じて作る」とおっしゃっています。単に作りたいから作る、というのではなく、「ここにちょっと服を掛けるフックがいるな」、とか、生活のなかの必要に応じて作っているんですね。帯のコメントは葛西さんが寄せてくださいましたが、フィリップさんはどう思われましたか?

葛西薫の「ぼくの故郷」とは。

ワイズベッカー まず、葛西さんに帯文をいただけたことが本当に嬉しかったです。私の作品を理解してくださって、それをテキストに込めてくださった。葛西さんが私の作品やクリエイションを理解してくださっているのと同じように、私も葛西さんのクリエイションを理解していると信じています。お互いをそうやって理解していることがこのテキストに表現されていると思います。

葛西 とても嬉しいですね。

ワイズベッカー 私たちは二人とも似たようなことを考えているので、何かを作りだすときに同じ場所に到着できる。そういうお互いの理解があると思っています。

櫛田 「フィリップ・ワイズベッカーの仕草と指から生まれる造形はなんというか、ぼくの故郷なのである。」と、葛西さんは書かれています。この「ぼくの故郷」という言葉にしびれます。

葛西 「故郷」という言葉はもともと思っていたものではないんです。僕もフィリップさんと同じように子供のころから工作少年だった。それは今も変わらないんだけど、だんだん仕事が習熟してくると少しそれが遠くなってしまいました。でもフィリップさんの仕事や、嬉しそうに物を触っている仕草を見ると、僕の原点といいますか、原始的なものがそこにあって、あぁ、帰りたいなーと思ったんですね。それってふるさとだな、故郷だなと気づいて、今回、この言葉が出てきたんです。

櫛田 フィリップさんのアトリエには葛西さんの作品が飾られていて、この本に収録した写真にも映っていますね。

葛西 そうなんです。お礼を言わないといけないですね。なんとこのアトリエの中に、僕が毎年お渡ししているカレンダーと、ある時にプレゼントした絵が映っているんです。

ワイズベッカー カレンダーもいただいた絵もとても私の好きなものです。この絵をアトリエの中で完璧な状態にしたなと自分で思っているのは、暖房器具の上に小さいブルーの船を載せているんですけど、その色が絵の中の色と完璧に合っているんです。自分としてはそこも満足しています。

自宅はアイボリー、アトリエはグレー。

櫛田 この本のサブテーマでもありますが、フィリップさんは自作の家具に囲まれて生活しています。一冊のドキュメントは自宅のシーンから始まりますが、自宅の家具は白やアイボリー、アトリエの家具はグレーです。この色の違いについてお聞きしたいです。

ワイズベッカー このアパルトマンには2000年に移ってきましたが、当初はすごくたくさんの色がありました。壁が黒や茶色だったり、床もいろんな色になっていて、色味がありすぎる状態だったんです。アパルトマン自体は建物の最上階にあり南向きで、自然光が入ってきてとても日当たりがいい。そうした環境で色がたくさんあるというのは、私たち夫婦にとっては受け入れ難いことでした。そこで、自然光をもっとも生かすかたちにしたいと思い、白やアイボリーを基調にしました。パリは日当たりのいい日がそれほど多いわけではないので、貴重な自然光が入ってきたときにちょっとバカンスに行っているような気分も味わえます。それでこういう色使いにしています。
一方でアトリエの家具は、私の好きなグレーにしています。なぜグレーが好きかというと、インダストリアルであること、シンプルで機能的であること、そういったものをよく表しているのがグレーだと感じています。汚れが目立ちにくいのも都合がいい。だからグレーという色がとても好きなんです。

簡素であることは、静寂に向かうこと。

葛西 フィリップさんが作る家具でいちばん好きなのは、とにかく簡素だということです。必要最小限の接着や、留め具がただの棒切れを回すだけのものだったりと、あの簡潔具合が好きですね。板と板のつなぎ目を、どちらを上にしてどちらを下にするかとか、どこに切れ込みを入れるかとか、作るときの呼吸が手に取るようにわかります。最小限で最大の効果、それは趣味というよりも、自然にそうなっちゃうんだろうなと感じます。

ワイズベッカー 私の家具が簡素であると表現してくださって嬉しいです。それは私も大好きな部分で、あまり複雑なものにしてしまうと、自分が楽しむことができなくなってしまいます。だから、簡素なものを自然に作っているところはあると思います。

葛西 その続きで思ったのが、展示会の映像を見て驚いたのですが、その中に「静寂に向かっている」という言葉があったんです。静けさ。静寂。その言葉をフィリップさんから聞いたのは初めてだったんですけど、静寂へ向かうことと簡素ということがフィリップさんの中では核になっている。なるほどなーと思いました。

ワイズベッカー 静寂に向かうことと簡素さというのは繋がっていると私も思っています。ディテールにすごく凝ったり、複雑なものを作ってしまうと、本当の目的からちょっと離れたところに自分の意識が集中してしまいます。そういったことは私にとって望ましいことではないので、今の制作のスタイルに落ち着いたのではないかと思っています。

今回の展示でいちばん好きだというグレーのスツールを手に、
「この脚の着地がいいんだよ」と語る葛西薫。

規則正しい生活は、自由な制作のための時間割。

櫛田 この本は一日のドキュメントになっていますが、とても規則正しい日々を過ごしていらっしゃいます。6時に起床して、規則正しく生活するという毎日の習慣が、ご自身の創作や制作にどう結びついているとお考えですか?

ワイズベッカー ニューヨークに住んでいたときは、新聞などプレスに向けてイラストを描く仕事が中心でした。締切が48時間などととても短く、時間に追われているのが日常で、夜に仕事をしていました。80年代の終わりごろからアーティストとして制作を始めてからは、自分自身がクライアントです。誰かに追い立てられたり締切のプレッシャーから解放されました。それからはこの本のとおり、一日をいいかたちでオーガナイズできています。昼に制作に集中できて、アトリエで過ごす時間もとても長く、何かに向かって作るというよりは、自分が作りたいものを作る、制作に対する欲求に向かって作ることができているので、こういう時間割ができたのだと思います。

櫛田 最後のチャプターの文章が、「良いか悪いか、明日になればわかるだろう。帰りの道のりと夜の睡眠が、よい助言をくれるから。」という言葉で結ばれています。ずっとここで仕事をしつづけるのではなく、ちょっと間を置く感じでしょうか。一日をそういうふうに終えることは、先ほど葛西さんが指摘された「静けさ」とも関係があるように思いました。

葛西 僕自身は相変わらず時間の制約の中で、肩に何かがいつも乗っかっている状態で作っているんですが、たまに個展などで自由になると、自分が何を思っているのかわからなくて困るんです。でもフィリップさんはまったく自由というか、何をしてもいいんだよ、という状態の中で創作のインスピレーションが湧いてくるかのようです。そのきっかけはどこにあるのか、どういう変遷で自由の中から作ってみたい欲求が生まれてくるのかを聞いてみたいです。

ワイズベッカー 葛西さんがおっしゃる状態は私もわかるところがあります。80年代の終わりごろからすでに自分自身の創作を始めましたが、広告の仕事なども受けていました。15日間とか3週間とか短い時間で自由な創作をするとなると、何も思い浮かばないことがありました。今も創作活動と同時に受注制作もしていますが、かつてに比べて自分の創作の時間が確保できているのが大きな違いです。創作には何カ月という単位で時間を費やすことが重要だと感じています。
インスピレーションは、降りてくるというよりは探しにいくものだと私は考えています。いろんな経験をする中で、その裏側にある真実や、感情、エモーション、そういったものを感じ取ったときに、創作に表現されていくのではないかと考えています。それがなくなったときは創作をやめるタイミングなのかもしれませんね。
私自身は葛西さんの個人的なファンなので、次に日本を訪問するときはぜひ葛西さんのところに伺って、葛西さんの個人的な創作活動を拝見したいと思っています。きっと新しい創作をされているんではないかと思っています。

指先が教えてくれること。

葛西 コロナ下の状況で家で仕事をする時間が否応なしに増えたこと、去年は個展ができたこともあって、自分を見つめる時間ができました。思えば何十年かぶりで、自分の腹の底を覗くような時間があったんです。我に帰る時間とでも言いましょうか。悶々と何か作らないといけないと白い紙に向かったときに、頭で考えるのではなくて、指先で何かこう、かたちを描いてみると、そこから思わぬものが出てくることがありました。おそらくフィリップさんもそうだと思うんですけど、頭というよりは体から出てくるものがあるんです。人がよく、天から降りてくるというような、もっともらしいことを言いますけど、そういうことはなくて、むしろ自分の腹の底から湧いてくる。沈んでいるものがあって、沈んでいるからわからなかったものが、じっくり覗くことで浮き上がってくるような感覚です。

櫛田 指先が教えてくれる、という感じですか?

葛西 そうです。それから、僕もフィリップさんと同じように道具を使うことが大好きなので、コンパスをただ回すだけとか、そういうことが本当に快感なんですよ。

櫛田 フィリップさんも本の中で、「よい紙を見つけ、よい定規を使い、よい鉛筆を選んで」と、道具から入って制作のインスピレーションを誘い出すことがあると書かれていますね。

葛西 そうです。道具であったり、素材であったり、たまたまそこにあるもの、手にしたものが助けになることもよくあります。そういうところもフィリップさんと僕は似ていますね。なかなか案が出てこないときに、さて、どうするか。この本でいい言葉だなと思ったのが、今、櫛田さんが指摘したのと同じページの最後の3行です。「アトリエに棲みついている、蓄積されたインスピレーションの源に鼻を突っ込んでみるのだ。」 この一節がすごく好きです。

旅行者よりも、生活者でありたい。

ワイズベッカー インスピレーションを探しに行く場としては、やっぱり蚤の市ですね。蚤の市をそぞろ歩きながら発見するのが、自分にとってはインスピレーションを探しに行くことになっています。美術館はキュレートされたテーマであるとか、ある程度、「こう見てください」という状態になっていますが、蚤の市はまったく期待していない物も含めて、いろんな物が並んでいます。これがすごく理想的で、美しい物もあればそうでない物もありますし、価値がある物ない物、よく知られている物知られていない物、すべてが一緒に並んでいる。私は作品の中でいろいろな紙をよく使うので、昔の商品カタログであるとか、デッドストックの古い紙やノートなどをそこで手に入れます。期待していなかった物に出会えることも、蚤の市という場がインスピレーションの重要な源です。

あと一つ、私は旅行者としてどこかを訪れるということがあまり好きではありません。訪れた先で自分をその場に置いて、そこで生活をするというのがインスピレーションの重要な源になります。日本の方にとっては15日間でも長いかもしれませんが、私としては訪れた先で何カ月という単位で生活をしてみることが重要です。ニューヨークやバルセロナでも創作活動をしてきましたが、月単位、あるいは年単位で身を置いて、作品を制作しました。京都のヴィラ九条山でも4カ月間のアーティスト・イン・レジデンスをやらせてもらいました。これもとてもいい経験でした。期間中に他のアーティストは「せっかく日本に滞在していることだし」と、いろいろなところに出かけていましたが、私はその4カ月間、京都に根を下ろした状態で生活し、そこで何を発見できるかを大切にしました。
今はパリが生活の拠点ですので、そこまで新しいものが発見できる状態にはなっていないのですが、また日本に訪れたときには以前と同じようにいろんな大きなもの小さなもの、自分にインスピレーションを与えてくれるものに出会えるのではないかととても楽しみにしています。

本書の刊行をきっかけに実現した「HANDMADE展」。
ATELIER MUJI GINZAにて。写真は本書と同じくカメラマンの宮本敏明撮影。

会場構成を手がけたのは、ワイズベッカーと親交のあるプロダクトデザイナーの藤城成貴。
本展のために制作された自作の家具やドローイング作品が、心地よい距離感で配置されている。

会場ではパリのアトリエで収録した映像が字幕・音声付きで流れている。
『ホモ・ファーベル』は初版2500部限定でMUJI BOOKS店頭にて販売中。

トークイベントの様子。左から葛西薫、櫛田理、モデレーターの永田貴大。
ワイズベッカーはパリからオンラインでの参加となった。

登壇者プロフィール

葛西 薫(かさい・かおる)
1949年札幌市生まれ。アートディレクター。1973年(株)サン・アド入社。サントリー、ユナイテッドアローズ、虎屋などの広告制作およびアートディレクションの他、CI・サイン計画、映画・演劇の宣伝制作、装丁など活動は多岐。フィリップ・ワイズベッカー作品集(Pie International)、「クレーの日記」(みすず書房)のブックデザイン、上田義彦映画作品「椿の庭」のポスター、Toraya An Stand、七賢 Expression 2006 のパッケージデザインなどがある。著書に「図録 葛西薫1968」(ADP)など。

櫛田 理(くしだ・おさむ)
1979年東京都生まれ。編集者。(株)編集工学研究所を経て、2014年に独立。翌年(株)EDITHONを設立。2015年から、無印良品MUJI BOOKSのディレクターとして国内外の選書、店舗開発、出版などに携わる。企画編集した書籍は、松岡正剛『編集手本』、BONBOOK出版レーベル(全作品)、無印良品の文庫「人と物」シリーズ(全作品)、など多数。訳書に、インドのTARABOOKSから訳出したワイエダ兄弟『みなそこ』がある。2022年からは、弱い本の専門店「FRAGILE BOOKS」( https://www.fragile-books.com/ )を主宰。



展示会情報

Life in Art
フィリップ・ワイズベッカー「HANDMADE ハンドメイド」展
日時:2022年4月22日(金) ー 6月26日(日)
開催場所: 無印良品 銀座 6F ATELIER MUJI GINZA Gallery1・2
URL: https://atelier.muji.com/jp/exhibition/4483/    
主催:良品計画

著者プロフィール

フィリップ・ワイズベッカー

Philippe Weisbecker / 1942年、フランス生まれ。パリのフランス国立高等装飾美術学校を卒業し、1968年にニューヨーク移住。アメリカの広告やエディトリアルのイラストレーションを数多く手がけながら、アートワークも制作。2006年、フランスに帰国。日本との縁は深く、2000年にクリエイションギャラリー G8で初個展。2002年、アンスティチュ・フランセ日本が運営するアーティスト・イン・レジデンスで京都のヴィラ九条山に4カ月間滞在。2021年には公益財団法人 竹中大工道具館で個展を開催。東京オリンピック2020の公式アートポスターも手がけた。現在はパリを拠点に活動し、欧米や日本で作品の発表を続けている。