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絵本になる前の絵本

絵本になる前の絵本

荒井良二(絵本作家)

絵本作家の荒井良二さんが、自らの記憶をたよりに、会ったことのない人のなつかしい記憶を描き下ろした23枚の原画集。生まれ育った山形で体験した「夜の9 時のツィゴイネルワイゼン」や初めてバレリーナを描き下ろしたという「今日は 夕焼けのお祝い。ただそれだけ。」など、どの1枚からでも1冊の絵本が生まれてきそうな気配が漂っています。巻末には、本人のインタビューを収録。選べる3種類の表紙は初版限定。

本の情報

書名
絵本になる前の絵本
著者
荒井良二
企画構成
櫛田 理
編集
乙部恵磨
制作
株式会社EDITHON
デザイン
佐伯亮介
表紙生地
須藤玲子(テキスタイル監修)
造本設計
田中義久
協力
小島麻貴二(マーゴ)
坂本織衣(シーモアグラス)
勝見奈穂
販売協力
無印良品 MUJIBOOKS
印刷製本
図書印刷株式会社
ISBN
表紙1/ 978-4-910462-11-0
表紙2/ 978-4-910462-12-7
表紙3/ 978-4-910462-13-4
定価
3300円(本体3000円+税)
刊行日
2022年11月1日 初版第1版発行
発行元
図書印刷株式会社 BONBOOK

荒井良二
Photo by Masako Nagano

インタビュー
荒井良二さんに聞きました

昨秋にこの本が完成してから、大忙しでしたね。

7月1日から始まった横須賀美術館の展覧会準備は、ちょうどこの本が刷り上がる頃にはじまったんだけど、その後は、山形に長いあいだ滞在しながら作品を制作したり、横須賀まで打ち合わせに通ったり、展覧会の準備でバタバタでした。

この『絵本になる前の絵本』はどんな一冊になりましたか?

ぼくにとって、たいせつな本になりました。この本のために描くにあたって、「絵本をつくるぞ」って気構えないで、「紙の上の展覧会」をやるつもりで向き合えたのがよかったんだとおもう。それに、スケッチを描くようなスピード感でやれたのはいい体験だった。車窓の外の景色がどんどん流れていくように、動き続ける時間を描けた気がする。作品の並びも、実際にぼくが描いた順番になっている。

はじまりもおわりもない絵本、ともいえます。

それがよいよね。絵本のように始まりと終わりをしっかり決めないで、これまで描いた原画をただ寄せ集めるのでもなく、どれか一枚の絵からいつか一冊の絵本がつくれるような、そんな本になるといいなぁって思いながら、23枚の絵を描いた。そういえば、ずっと暗い色の絵が好きだったし、でも描く機会がなかったから、今回は暗い色を使う「暗い良二」で行こうと思った。結局、それほど暗い色にはならなかったけど。

どれも初めて見る景色なのに、なぜか懐かしい。

ぼく自身の記憶から出発しているからじゃないかな。でも、むかしの記憶はだいたい曖昧だし、都合よく変化したり、あてにならないから、あくまでも絵に入るきっかけ、入り口として、ね。そこにファンタジーを入れると、ぼくから離れていくんだけど、それでも全部が創作じゃないから、誰かの「懐かしい」記憶や感覚につながるところがあるのかもしれない。そうなったら、いいなと思っている。

荒井さんの昔の記憶がよく表れているのはどの絵ですか?

それでいうと「夜の9時のツィゴイネルワイゼン(いったい、ぼくをどこに連れて行くつもりなんだい?)」は、記憶のなかのイメージを描いた絵だった。ぼくが子どもの頃の山形の実家では、夜の9時になるといつもツィゴイネルワイゼンが有線放送から流れていて、外は真っ暗で、スピーカーの音は割れていて、あの暗い音階。そんなのが混ざりあった不気味な感じは、いまでも忘れられないよ。そんなことを思い出しながら描いたから、緑色の有線放送のスピーカーからヴァイオリンを弾く女の人がにゅるっと出てくる絵になった。じぶんの記憶だから、絵の右下のカーテンの向こうには、見てはいけないものを見てしまった感じで、ぼくが覗いている。

絵の名前は、歌みたいです。

それぞれ描きながら思い浮かんだ言葉を最後に付けていて、絵のタイトルにしては長すぎて、物語にしては短すぎる、そんな名前にしたかったんだ。言葉よりも絵が先だけど、絵を描いてると、ぽーんと言葉が引っぱり出される。それをそのまま名前として手描きしていった。

作品ごとの扉には薄紙をつかいました。

そうそう、これはよかった。打ち合わせのときに、ぼくが「ロウソクの灯りの向こう側に見える景色を描いていたように思う。眼の前の机や窓もじーっと見ていると、だんだんその向こうに別の世界が見えてきて……」という話しをしたのを、編集者とデザイナーが汲み取って工夫してくれた。ページをめくってもすぐには作品が見えないのが、よいよね。トレペのおかげで、モヤモヤした霧がかかったような景色で、霧のむこうに作品の断片が切り取られて出てくるのは、あたらしい発見だった。ぼくはいつも仕上がりサイズで作品を描くから、今回もA5サイズに収まる小さな絵を描いたんだけど、何倍にも引き伸ばされたディテールは、ぼくも見たことがなくて、おもしろかった。

絵の下地に黄昏が隠れています。

前はシルバーを塗ってたときもあったけど、最近はゴールド色を絵の下地として塗っている。真っ白な紙の上に描くのは苦手だから。印刷してしまうと、下地を塗っても気づかれないことのほうが多いけどね。ゴールドを塗っておくと、白が使えるっていうこともある、白い紙だと白の絵の具を使っても見えないから、白を使うときは特に効果的だね。じつは、本の出版記念として、ゴールドの下地だけをあらかじめ印刷したハガキを作って、全国から「なつかしい風景」公募したんだけど、ゴールドをうまく活かして描いた作品が多くて驚いた。きっとみんな途中で気づいたんじゃないかな、白いハガキではできない表現があるって。ただの白いハガキだと、こうはならなかったよね、っていう良い作品がたくさん集まって、すごく面白かった。

最新作にもこの本が影響しているのだとか

そうなんだよね。横須賀美術館の展示で新作をみせるスペースでは、この本で体験したことの進化形がたくさん出てくるよ。例えば、この本ではじめてバレリーナを描いたんだけど、描いているじぶんでも驚いたんだよね、バレリーナが出てくるなんて思ってもいなかったから。それからバレリーナの作品をいくつか描いたりした。この本の色校(印刷前に色の再現性を確認する紙の資料)を、展覧会場の壁にぼくがペタペタ貼ったので、よかった見に行ってください。

著者プロフィール

荒井良二

あらい・りょうじ 絵本作家。1956年山形県生まれ。日本大学藝術学部美術学科を卒業後、絵本を作り始める。1999年に『なぞなぞのたび』でボローニャ国際児童文学図書展特別賞を、2005年には日本人として初めてアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞するなど、国内外で数々の絵本賞を受賞。美術館でのキューレーションから展覧会、NHK連続テレビ小説「純と愛」のオープニングイラスト、「みちのおくの芸術祭山形ビエンナーレ」の芸術監督など多方面で活動。主な絵本に『はっぴぃさん』、『ねむりひめ』、『きょうはそらにまるいつ き』、『きょうのぼくはどこまでだってはしれるよ』、『こどもたちはまっている』など。日本を代表する絵本作家として知られ、海外でもその活動が注目されている。