布とくらす

布とくらす

須藤玲子

BONのノートは
土から生まれ、遠州で織られた
天然のテキスタイル。

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布のノスタルジー

BONのノートは、布地に絶妙な凹凸感があります。2色の薄紙に裏打ちされた麻布は、遠目には整って見えて、触れるとちゃんと布の素材感が残っている。まるで表具屋が仕立てたかのようなノートです。糸の流れが整然としすぎていないのもまた自然で、1冊ごとに違った布の表情を見せてくれます。

こういう天然の布に触れていると、なつかしい気持ちになります。それは、手がその感触をおぼえているからだと、私は思っています。特に麻布は古くからくらしの中で使われてきた身近な素材なので、はるか遠い昔の記憶がよみがえるのかもしれません。

からみ織りの「紗」

ノートの表紙をつつむ麻布は、「紗(しゃ)」というからみ織りでできています。からみ織りの特徴は、目が崩れにくく、軽くて透け感があり、丈夫で通気性がいいこと。紗(しゃ)のほかに、絽(ろ)と羅(ら)の大きく3つの種類があって、夏の着物としてもよく使われる希少な織物です。

からみ織りの「紗」は、タテ糸をもじり交差させながら、ヨコ糸を通すことで生地に空間をつくります。搦めながら織るので、布地に独特の立体感が生まれる。これが凸凹の手触りの正体です。でも、「紗」を織るのはとても複雑なんです。BONのノートで採用した麻布は伸び縮みしないので、さらにもっと難しい。それを織機でこなすとなるとこれはもうたいへんな技術がいります。熟練の職人でなければつくれない代物です。

広幅の紗。タテ糸とヨコ糸の格子目がうつくしい。
ノートの麻布(ブラック)をルーペでのぞき見る。

アフリカの蚊帳

BONのノートの布地をつくったのは、静岡の遠州地区にある遠州ネットさんです。着物などにつかう48センチほどの小幅ではなく、ノート用の布地として広幅のからみ織りができる技術を持っています。日本でそれができる工房は年々数が減ってきていて、日本の布と織を調査していたときに、遠州地区では2軒だけやっているところがあると知りました。

1軒は機(はた)はあるけれど、もう動いていなかった。それで遠州ネットさんに行ってみたら、ガンガン織っている。なにを織っているかというと、蚊帳(かや)なんです。国内用ではなくて、海外への輸出用。聞けば、アフリカの富豪が求めていると。アフリカでは蚊が媒介するマラリアで命を落とす人がまだまだいるそうです。化学繊維の蚊帳は糸の表面が平滑なので、蚊を通さないようにするには織り目を小さくしなければなりません。でもそれだと密閉されて暑いのです。そこで、日本の蚊帳に白羽の矢が立った。生きるために欠かせない道具として、天然の麻布で織られた日本の蚊帳が必要とされていることに、当時はとても驚きました。

遠州ネットの佐野公生さん。からみ織りでストールをつくっているところ。
2本のタテ糸を捩りながらヨコ糸を織り込む「からみ織り」の交差開口について、指を動して実演する佐野公生さん。

前代未聞の布クロス

布張りの本やノートをつくるのに、紗の布が候補にあがることはまずありません。それくらいむずかしいことだからです。このノートは、タテ糸もヨコ糸も麻のリネンです。綿やウールにくらべて麻は伸びないので、タテ糸にヨコ糸を絡めるときに力が加わって機械が壊れてしまう。でも、絡めながら織るからいい具合に厚みが出て、風合いも出る。ところどころ糸が玉になった部分があるのは、織りの難しさから、糸が絡むときにジジっと引っかかった跡です。

こうした偶然の凹凸や、目がすこし斜めになった不安定な美しさが、手触りのよさ、親近感につながっています。遠州ネットさんのおかげで、広幅、からみ織り、紗、麻というすべての難問をクリアした前代未聞のノート用クロスができました。遠州ネットの佐野公生さんは、ほんとうにたくさんの引き出しを持っている名人です。

2021年5月、六本木の「NUNO」にて。BONのプロデューサー櫛田理(EDITHON)と布選び。裏打ちを施した布のサンプルを10種類以上手にしながら、ノートにするクロスを選定中。
*2 テキスタイルスタジオ「NUNO」でプロデュースした布たちに囲まれて。

日曜日の朝の習慣

無印良品のMUJIBOOKSはBONのオフィシャルパートナーですが、私自身も良品計画のファブリック部門のデザインアドバイザーとして、2008年から無印良品のお手伝いをしています。タオルやカーテンなどの生活雑貨から衣服まで、布は素材としてMUJIの商品にかかわる場面が多い。だから、私は布の生産現場の言葉を伝えることが任された役割だと考えています。そして、いちMUJIファンとして、ユーザー目線での声も届けます。

毎週日曜日には朝10時の開店と同時に自宅近くの無印良品を訪れています。ひととおり売り場をみて、感じたことを現場に届ける。家族には「自分の会社じゃないんだから」と言われますが、現場の空気感や働いているスタッフに直に触れて感じることが、いちばん大事だと思っています。一つのお店で定点観測のように、自分の五感がどんなふうに感じるかを大切にしたい。そう思いながら無印良品にかかわっています。

いっしょに時を重ねる

見て、触れて、感じることが大切なのは、このノートも同じです。布は湿気や乾燥など、空気によってもずいぶん変化します。布の衣服でも、洗濯して乾かして、何年か使っているうちに生地が詰まってきたり、シワがよったり、ちょっと薄くなったり、色あせたりします。ポリエステルや化学繊維は何も変わらないけれど、土から生まれた天然繊維は時とともに変化します。人の手が触れることでも変わっていく。子どもが生まれたときにつくったノートが、過ごす月日といっしょにエージングしていく。

天然のものだから年をとることができるんです。色合いや風合いが変わっていくことを受け入れられるような、そんな気持ちでいたいものです。色があせたり穴が空いたりしたところには、過ごしてきた時間の痕跡が残されているのですから。このノートもそうやっていっしょに時を重ねることを楽しんでくれる人と出会っていってもらいたいなと思います。

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写真クレジット:
*1: CHAT (Centre for Heritage, Arts and Textile), Hong Kong - courtesy of Zolima CityMag, Hong Kong
*2*3: Masayuki Hayashi

須藤玲子

テキスタイルデザイナー

Photo by 林雅之

すどう・れいこ 茨城県石岡市生まれ。株式会社 布代表。NUNO デザインディレクター。東京造形大学名誉教授。2008年より良品計画、山形県鶴岡織物工業共同組合他のテキスタイルデザインアドバイスを手がける。2016年より株式会社良品計画アドバイザリーボード。毎日デザイン賞、ロスコー賞、JID部門賞等受賞。日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。作品はニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ロサンゼルス州立美術館、ビクトリア&アルバート美術館、東京国立近代美術館他に永久保存されている。

BONのデザイン室:田中義久インタビュー

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