BONのブックデザイン

BONのブックデザイン

田中義久

時を超える写真集。
いい緊張感のノート。
大事にしたくなるデザイン。

本の顔をした家族のアルバム

昔はどこの家にも家族のアルバムというものがありました。写真がペタペタ貼られていて、日付や場所が手書きで添えてある。そういう濃度をもったアルバムが家の本棚に置かれているのが普通の景色でした。

いまはデジタル全盛の時代となり、個人がスマホで写真を撮って、デジタルデータとして保存するのが当たり前になっています。紙媒体としてのアルバムは、存在もニーズも激減していると言っていいでしょう。

そうしたなか、デジタルでアーカイブした写真を、いざ出力して写真集にしようとなったとき、どういうかたちがよいのだろうか。BONのブックデザインを依頼されたときにまず考えたのは、こうした家族のアルバムの景色と、デジタル時代のいまを重ね合わせることでした。

1冊からの写真集

撮りためた写真のたのしみ方として、オンラインのフォトブックサービスを利用している方もたくさんいます。そういう時代だからこそ、デジタルの写真をリアルに出力すること、紙に印刷してかたちにすること自体が記念になり、記憶にも残るような写真集を目指したいと思いました。ギフトとしてたいせつな人の手に渡ることや、何年経っても自信をもって見返すことができる質を追求したい。

アートブックの制作に多く関わってきた私がこのプロジェクトに呼ばれたのは、商業出版のクオリティを1冊から担保するためだと思いました。何百冊、何千冊と印刷するからこそできる、質の高さというものがあります。それを1冊からオーダーできるBONで実現するために、プロジェクトを監修する櫛田理さん(EDITHON)やMUJIBOOKSやTOPPANクロレからの参加メンバーを交えて検証を繰り返し、できあがったのがBONのブックデザインです。

時を超えるデザイン

デザインをするとき、本の佇まい、美しさというものはもちろん重要です。でも、本のあり方というのはそもそも、目的にかなっているかどうかがいちばん大事だと私は考えています。豪華であればいいというわけでもないし、ペラペラのコピー紙をただ綴じただけのものがダメというわけでもない。

BONの写真集は「写真集」という目的をかなえるべきで、誰かの記念となり、記憶に残る。次の世代に残していくという目的を踏まえると、ある程度の丈夫さは必要となってきます。強度の問題だけではなく、時代が移り変わることを前提にすると、数年後に見たら古さがネガティブに作用するというものでは目的を果たせません。時を超えて飽きのこない本、いつ手にしても写真に目が引き寄せられるような本、そうしたBONの写真集として目指すべきあり方を考えながら造本設計しました。

いい緊張感のノート

写真集につづいて、ノートのブックデザインを担当しました。これはひと言でいうと「いい緊張感のノート」です。題箋はBONのシンボルですが、この位置とサイズがいい緊張感を生んでいます。ノートの大きさに対するレイアウトの落ち着きとして、ここに入る写真の撮り方はみなさんそれぞれ違いますが、ほどよくまとまる比率にしています。真ん中に寄りすぎると緊張感が出すぎてしまいます。ノートは用途を問わず自由につかえるものですから、題箋があまり前に出すぎないように注意しました。

ほどよい緊張感は、丁寧さにもつながります。5年後10年後に見返したときに残念な気持ちになってほしくない。表紙に記念となる写真を入れて、これからノートの中身を綴っていこうという人に向けて、この題箋のデザインは「たいせつに使えますように」というメッセージでもある。使う人も大切なことをこのノートに収めるわけですから、それにふさわしい佇まいであることが大事です。

ブックデザインの役割

BONに限らず、ブックデザインは自主的にするものではなく、誰かのためにするというのが大前提にあります。アートブックや写真集を依頼されることが多いですが、作家さんがその本で伝えようとしていることを、自分が専門とする本や印刷の知識で媒介して、読者にきちんと受け渡す。その役割を演じるのがデザインだと私は思っています。

デザインは本ができたあとの世界ともつながっていきます。アートブックは一般書籍と比べて売り場が圧倒的に少ないのですが、どういう本屋に並ぶといいか、どういう読者がこの本を手にするのかというターゲットをしっかり見据えることが重要です。作家と出版社と本屋と読者を貫く1本の糸がピンと張られないと、どういうデザインがいいのか見えてこないんです。

180度ぐるりとまわる本を立体的にデザインした『美しいノイズ』(主婦の友社/2021年10月刊行)では、天地小口背に印刷された「SUPPOSE」の文字が微細にズレながらノイズを伴って出現する。
第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展・日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」(2019)の公式カタログ。展示風景やそこにいたるやりとりの過程を、写真や実際の資料(地図や楽譜など)を折り込みながら1冊に綴じ込んでいる。

純度の高い写真集

最後に、私がすきな写真集について。1冊だけ取りあげるとすると、それは東松照明の『<11時02分>NAGASAKI』(写真同人社/1966年)です。思いを伝えようとする純度の高い1冊です。写真家でもある作者の気持ちがまっすぐに訴えてきます。

函入りのこの本の奥付には、装丁家の名前もない。タイトルが「<11時02分>NAGASAKI」とあって、それだけでもう十分に伝わってくる。函から取り出すと、本体表紙は<11時02分>で時計の針が止まった写真。ただ撮りたいものを撮っただけではないことも、被害を受けた人や場所に対してきちんと敬意を払っていることも、伝わってきます。残虐で悲惨な出来事をただ直接的に記録したのではなく、真摯に向き合っていることがわかる写真集です。だからこそ撮らせてもらえたとも言えるでしょう。そういう作者の精神性が読み取れる写真集が私は好きです。

これからBONで写真集をつくりたいと思うみなさんにも、ぜひ、題材にまっすぐ向き合う気持ちを大切にしてほしいと思います。私のブックデザインも、そういう思いに沿ったデザインでありたいと思っています。

田中義久

グラフィックデザイナー
美術家

Photo by 野村佐紀子

たなか・よしひさ 静岡県生まれ。数多くのアーティストの作品集を装幀デザインする他、第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館、Tokyo Art Book Fair、東京都写真美術館などのVI計画も手がける。アーティストデュオ「Nerhol」としても活動。近年の主な展覧会は、SHISEIDO GALLERY「第八次椿会 ツバキカイ8」、埼玉県立近代美術館「New Photographic Objects 写真と映像の物質性」、金沢21世紀美術館「Promenade」等。これまでにVOCA賞、FOAM TALENT賞(オランダ)、JAGDA賞、JAGDA新人賞、BACON PRIZE、red dot award(ドイツ)等を受賞。

BONのデザイン室:須藤玲子インタビュー

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